フェラーリという“赤い糸”
フェラーリを一言で語ろうとするとき、多くの人はサーキットを思い浮かべる。
F1、ル・マン、跳ね馬のエンブレム──しかし、オーナーの時間をいちばん長く支えてきたのは、実は“グランツーリズモ”と呼ばれるV12クーペたちだった。
大陸をまたぐオートルート、高速道路の夜、国境を超える峠道。
そこで静かに、しかし確かに存在感を放ってきたのが、フロントにV12、後ろにトランクを持つフェラーリGTの一群である。
この系譜には、共通した一本の“赤い糸”がある。
レース直系の骨太なメカニズムと、長距離移動を前提としたしなやかな乗り味。
そのバランス感覚こそが、世代が変わってもフェラーリV12 GTをフェラーリたらしめてきた。
Ferrari 250 GT SWB ─ グランツーリズモの原点
1960年代初頭、Ferrari 250 GT SWB は、サーキットと公道の境界を曖昧にした存在だった。
ショートホイールベースのキビキビとしたハンドリング、3リッターV12の密度の高いサウンド。
ヨーロッパ各地のレースで勝ちを拾いながら、そのままナンバー付きで街へと帰ってくる──そんな“ダブルライフ”を当然のようにこなしていた。
・エンジンは 3.0L V12 SOHC、レスポンスの鋭さが武器
・軽量ボディとコンパクトなホイールベースで、現代目線でも十分に機敏
・インテリアはシンプルだが、メーターパネルやシートのディテールに職人技が宿る
ここで形作られた「フロントにV12、後ろにトランク」というパッケージングと、“公道も走れるレーシングカー”という考え方は、その後のフェラーリGTに延々と受け継がれていく。
Ferrari 275 GTB ─ 長距離を速く、美しく
250GTの後継として登場した Ferrari 275 GTB は、より洗練されたグランツーリズモとしての側面を強めたモデルだ。
リアにトランスアクスルを採用し、重量配分を最適化。
高速巡航での安定感は一段と増し、長距離を“速く、そして美しく”移動するためのGTへと進化した。
・3.3L V12 とトランスアクスルの組み合わせにより、高速域での安定感が向上
・ピニンファリーナによるボディラインは、今見てもため息が出るほど滑らか
・キャビンの居住性も改善され、ロングツーリングでの疲労感が大きく軽減
このあたりから、フェラーリのGTは「レースで勝つための道具」であると同時に、「大人の移動のためのパートナー」という性格を強く帯びていく。
Ferrari 365 GTB/4 Daytona ─ 時代を象徴するフラットなノーズ
“デイトナ”の愛称で知られる Ferrari 365 GTB/4 Daytona は、1960年代末から70年代にかけてのフェラーリを象徴する存在だ。
長いボンネットとフラットなノーズ、水平基調のテール。
オイルショック前夜の、どこか煌びやかで奔放な時代の空気を閉じ込めたようなデザインは、今もなお強烈なオーラを放つ。
・4.4L V12 は 350ps 超を発生し、当時としては圧倒的なパフォーマンス
・高速道路を“時速3桁”で淡々とこなすための、重厚で安定したハンドリング
・思いのほかタフなメカニズムで、きちんと整備された個体なら長距離もこなせる
SPEC
Ferrari 365 GTB/4 Daytona 主なスペック
- エンジン: 4.4L V型12気筒 DOHC
- 最高出力: 約352ps/7500rpm
- トランスミッション: 5速MT
- 駆動方式: FR(トランスアクスル)
- 全長×全幅×全高: 約 4,425×1,760×1,240mm
- 生産年: 1968–1973年
Ferrari 512 BB / Testarossa ─ ミッドシップ12気筒というもう一つの答え
1970年代後半、フェラーリは 512 BB でミッドシップレイアウトの12気筒GTに踏み出す。
続く Testarossa では、ワイド&ローなシルエットと特徴的なサイドフィンにより、“80年代の象徴”ともいうべき存在に。
ここではエンジンをキャビンの後ろに移すことで、コーナリングの俊敏さと高いスタビリティを両立している。
・512 BB は 180°バンクの“水平対向”12気筒を搭載し、独特のフィーリングを持つ
・テスタロッサはワイドトレッドとミッドシップレイアウトで、高速カーブを得意とする
・どちらも“スーパーカー”的な派手さと、GTとしての実用性をぎりぎりまで両立させたモデル
SPEC
Ferrari 512 BB / Testarossa 主なスペック
- エンジン: 4.9L 水平対向12気筒(実質180°V12)
- 最高出力: 約360〜390ps
- トランスミッション: 5速MT
- 駆動方式: MR
- 生産年: 512 BB = 1976–1981年 / Testarossa = 1984–1991年
Ferrari 550 Maranello ─ 原点回帰と成熟
1990年代末、フェラーリは 550 Maranello で“フロントエンジンV12 GT”という原点に回帰する。
ロングノーズ&ショートデッキのプロポーション、6速MT、自然吸気5.5L V12。
スペックだけ見ればスーパーカーだが、走らせてみると驚くほど“人間に優しい”GTであることがわかる。
・5.5L V12 は低回転から分厚いトルクを発生し、高速巡航も余裕たっぷり
・シャシーの剛性とサスペンションのしなやかさが絶妙で、長距離でも疲れにくい
・インテリアは本革をふんだんに使いながらも、派手すぎず落ち着いた雰囲気
SPEC
Ferrari 550 Maranello 主なスペック
- エンジン: 5.5L V型12気筒 DOHC
- 最高出力: 約485ps/7000rpm
- トランスミッション: 6速MT
- 駆動方式: FR
- 全長×全幅×全高: 約 4,550×1,935×1,275mm
- 生産年: 1996–2001年
いま“V12 GT”に惹かれる理由
現代のフェラーリは、ハイブリッドやダウンサイジングターボを積極的に取り入れ、速さと効率を両立させている。
その一方で、250GT から 550 Maranello に至るまでのV12 GTは、「エンジンという楽器」と「長距離を流れるように走る時間」に価値を見出していた時代の結晶でもある。
すべてを数値で測るのではなく、“旅の記憶”で語りたくなるクルマたち。
フェラーリV12 GTの系譜に惹かれるということは、もしかすると、そんな時間の贅沢さに憧れているのかもしれない。